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千葉地方裁判所 昭和57年(ワ)705号 判決

甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という) 丸岡文乗

右訴訟代理人弁護士 中安正

同 片井輝夫

同 弥吉弥

同 小見山繁

同 山本武一

同 小坂嘉幸

同 江藤鉄兵

同 富田政義

同 川村幸信

同 山野一郎

同 沢田三知夫

同 河合怜

同 伊達健太郎

甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という) 涌化寺

右代表者代表役員 阿部美道

右訴訟代理人弁護士 宮川種一郎

同 松本保三

同 猪熊重二

同 桐ヶ谷章

同 八尋頼雄

同 福島啓充

同 宮山雅行

同 若旅一夫

同 松村光晃

同 漆原良夫

同 平田米男

同 竹内美佐夫

同 小林芳夫

同 石井次治

主文

一  甲事件につき原告の、乙事件につき被告の各請求をいずれも却下する。

二  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じてこれを五分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 原告と被告間において、原告が被告の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 被告は、昭和三九年三月三一日、宗教法人法に基づき設立された宗教法人であり、昭和二七年一二月同法により宗教法人となった日蓮正宗(以下「日蓮正宗」という)の被包括法人である。

2 被告の規則によれば、被告の代表役員は、日蓮正宗の宗制、宗規(以下「宗制」、「宗規」という)によって被告寺院の住職の地位にある者をもって充てられ(被告の規則八条一項)、代表役員の任期は被告寺院の住職在職中(同九条一項)とされている。そして、宗制、宗規によれば、住職は教師のうちから管長が任命し(宗規一七二条)、寺院の代表役員は当該寺院の住職の地位にある者をもって充てる(宗制四三条一項)こととされている。

3 原告は、昭和四四年六月一日、日蓮正宗の管長により被告寺院の住職に任命され、これにより被告の代表役員及び責任役員に就任した。

4 被告は、原告が被告の代表役員及び責任役員の地位にあることを争っている。

5 よって、原告は、被告との間で、原告が被告の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁

原告は、次のとおり日蓮正宗の管長から住職罷免処分を受けたから、これにより被告の代表役員及び責任役員たる地位を喪失した。

1 日蓮正宗における懲戒処分に関する規定

(一) 日蓮正宗は懲戒処分に関し宗制、宗規によって次のとおり定めている。

宗規二四四条 懲戒の種目を左の五種とする。

四  罷免 役員、職員、住職または主管の職を罷免する。

同二四八条 左に掲げる各号の一に該当する者は役員、職員、住職または主管を罷免する。

二 正当の理由なくして宗務院の命令に従わない者。

同一五条 管長は、この法人の責任役員会の議決に基づいて、左の宗務を行う。但し、本宗の宗規に規定する事項に関してはその規定による手続きを経なければならない。

七 僧侶、檀徒、信徒に対する褒賞及び懲戒並びに懲戒の減免、復級、復権、または僧籍の復帰。

同二五一条 褒賞及び懲戒は、総監において事実の審査を遂げ、管長の裁可を得てこれを執行するものとする。

同二五三条 懲戒は、管長の名をもって宣告書を作り、懲戒の事由及び証憑を明示し、懲戒条規適用の理由を附する。

宗制三〇条 参議会は、代表役員より諮問された左に掲げる事項について審議し、答申する。

二 褒賞及び懲戒に関する事項

(二) 右宗制、宗規によると、日蓮正宗における懲戒処分は、管長において該当者に宗規二四八条所定の処分理由があると認めるときに、総監に事実の審査を遂げさせ、代表役員の諮問により参議会の答申を経て、管長が、責任役員会の議決に基づき該当者を懲戒処分に付し、その執行のため裁可して管長名による宣告書が作成され該当者に交付されることにより懲戒の効力が生ずるものである。

2 懲戒処分権者としての管長

(一) 日蓮正宗における懲戒処分権者である管長は宗規一三条2により法主の地位にある者が充てられる。

(二) 法主の地位は血脈相承によってのみ承継される。

すなわち、日蓮正宗においては、宗祖日蓮大聖人が入滅に先立ち、第二祖日興上人を後継者と定め、宗祖の血脈を相承して滅後の弘法を託して以来、当代の法主から次の法主たるべき者へ順次血脈相承により、あたかも一器の水を一器に移すごとく承継されてきた。

宗規二条、一四条一項はこのことを示しているものである。なお、ここにいう血脈相承とは、宗祖から第二祖日興上人はじめ歴代の法主を通して承継されてきた宗祖の血脈をただ一人体得している当代法主(場合によっては生前に退職した前法主)がこれを次期法主たるべき者に承継させる宗教的行為であるが、教義、信仰上、①法主がその承継者に仏法を伝授するに当たり、授けるにふさわしい者ただ一人を選び(唯授一人)、② これを受ける者に相対し、一対一で口頭で伝える(口伝)もので、③その具体的内容も具体的行為も秘密とされてきた(秘伝)ものである。

ところで、宗規一四条二項は「法主は、必要を認めたときは、能化のうちから次期の法主を選定することができる。但し、緊急やむを得ない場合は、大僧都のうちから選定することもできる。」と規定し、同三項は「法主がやむを得ない事由により次期法主を選定することができないときは、総監、重役及び能化が協議して、第二項に準じて次期法主を選定する。」と規定している。

しかしながら、日蓮正宗における法主の資格ないし地位の承継は、宗旨の根幹をなす問題であり、教義、信仰上、その要件は、当代法主(場合によっては前法主)から血脈相承により宗祖の血脈を相承することと、当代法主が退位又は遷化(死亡)することとされている(但し、当代法主が既に遷化していて前法主から血脈相承を受けた場合には、法主としての資格と地位を同時に取得する。)。

したがって、右成文規定についても、同第二項は、次代の法主の決定が当代法主の専権であることを表明したものであって、「選定」とは当代法主が次期法主たるべきものに血脈相承を授け、法主たりうる資格を付与すること、「必要を認めたとき」とは血脈の不断に備えて、法主が適切と判断したときを意味すると解すべきである。また、被選定者の僧階資格については能化を原則とするが、大僧都以上でも良いとされる「緊急やむをえない場合」かどうかは法主の裁量によると解すべきである。同三項は、当代法主がやむを得ない事由により後継者に血脈相承を授けることができなかった場合の規定であり、血脈相承の不断に備えた前法主がいることを前提としており、前法主の存在しない場合に適用される余地はないと解すべきである。

(三) 阿部日顕(以下「日顕」という)の管長就任

日蓮正宗の第六六世法主細井日達(以下「日達」という)は、昭和五三年四月一五日、総本山において日顕に血脈相承を授け、同人を次期法主に選定し、日達は、同五四年七月二二日、遷化したので、これに伴い日顕は第六七世法主に就任し同時に管長に就任した。

日顕が日蓮正宗の正当な第六七世法主であることは、次のとおり、日蓮正宗内において確定している。

すなわち、日顕は、日達が遷化した昭和五四年七月二二日、緊急重役会議において日達から血脈相承を受けていた旨発言したのを始めとして、宗内への公表(前同日)、御座替式(同年八月六日)、管長訓諭(同年八月一一日)、御代替奉告法要(昭和五五年四月六日)などにおいて、法主、管長として行動していたのに対し、宗内の何人も異を唱えず、原告も各種法要に出席し、信状随従した。

また、原告及びこれに同調する僧侶が異を唱え始めてからも、宗内においては、能化全員、宗会議員全員、原告らを除く僧侶全員による声明、決議により、日顕が正当な法主であることが確認されている。

3 被告の懲戒処分事由

(一) 宗務院の組織・権限

日蓮正宗の管理機構は、管長の下に宗務院、その下に一般僧侶という段階的統制組織となっており、宗務院は、責任役員会の議決に基づき、総監の指揮監督により宗務を執行する機関であり(宗規一七条、一八条)、一般僧侶に対する指揮監督命令権を有している。

また、宗務院は、法令を宗内に通牒し、その他の宗務に関し通牒を要する場合、その名をもって、宗内に対し達示(院達)を発することができる(宗規二九五条四号)こととされている。

(二) 全国檀徒大会の開催決定と宗務院の中止命令

(1) 原告を含む日蓮正宗僧侶一八名は、第五回日蓮正宗全国檀徒大会(以下「本件大会」という)を、昭和五五年八月二四日、日本武道館において開催することを決定した。

(2) しかし、本件大会は、原告らが日蓮正宗の檀信徒を糾合し、創価学会の教義逸脱を責めると称して同会に攻撃を加えることを目的とした集会であり、日顕が昭和五五年七月四日になした教義、信仰上の指南(日蓮正宗と創価学会の僧俗和合協調路線に従わない者は日蓮正宗の信心のあり方から完全に逸脱する。)に明白に違反するものであった。

(3) そこで、法主であった日顕は、その僧侶及び檀信徒に対する教導権に基づき、総監に対し、宗務院の中止命令により本件大会を中止させるように指示し、宗務院は、総監の指揮監督のもとに、原告らに対し、本件大会が日蓮正宗の教義に違背し、信仰上の方針に反するものであるとして、昭和五五年七月三一日付院一四五号、同年八月一一日付院一四九号、同月一九日付院一五八号の各院達をもって、本件大会の中止を命じた(以下、この命令を一括して「本件命令」という)。

(三) 原告の命令違反行為

(1) 原告は、正当な理由がないのに本件命令に従わず、昭和五五年八月二四日、他一七名とともに主催者として本件大会を開催し、かつ積極的に運営した。

(2) 原告の右行為は、宗規二四八条二号の住職罷免事由に該当する。

4 原告に対する懲戒処分

日顕は日蓮正宗の管長として、総監において事実の審査を遂げさせたうえ、昭和五五年九月二四日、参議会の答申を経て、責任役員会の議決により、原告を、被告の住職罷免の処分(以下「本件処分」という)に付し、それを裁可し、管長の名をもって宣告書を作成し、同月二五日、原告に対し、右宣告書を交付した。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1は認める。

2 同2(一)は認める。

同2(二)のうち、被告主張のとおりの宗規が存することは認め、その余は否認する。

同2(三)のうち、日達が昭和五四年七月二二日遷化したことは認めるが、その余は否認する。

日顕は、日蓮正宗の法主すなわち管長たる地位に就任したことはなく、懲戒処分権者ではない。

すなわち、宗規の規定によれば、新法主の就任は、法主による選定があった場合(宗規一四条二項)に行われるのが原則であり、法主による選定が不可能であるときには、総監、重役及び能化の協議による選定があった場合に行われる(同条三項)こととされているが、日達は、同条二項所定の選定、すなわち、自然人としての法主による意思表示を中核とする法主の交替の客観的具体的事実行為を行うことなく、昭和五四年七月二二日、遷化し、同条三項所定の協議による選定も行われなかった。

しかるに、日顕は、同日、重役会議の席上、同五三年四月一五日に日達から血脈の儀についてお話があった旨を述べたため、日顕について法主・管長・代表役員就任の手続が執られたが、同日ころ、法主の交替は行われていないばかりか、日達が日顕を法主に選定する旨述べた事実もない。また同条二項は、法主の被選定資格につき緊急やむを得ない場合を除き原則として能化の地位にある者(僧階は、上から下へ、大僧正、権大僧正、僧正、権僧正、大僧都、権大僧都、僧都、権僧都、大講師、講師、少講師、訓導、権訓導となっており、能化とは、権僧正以上の僧階にあり、日号を称することのできる高僧を意味する。)に限っているところ、日顕(当時は、阿部信雄であり、日号はない。)は大僧都にすぎず、緊急やむを得ない事由も認められないから、宗規上法主に選定されることはありえなかったものである。

被告は、同条二項所定の選定の意味を世俗人が判断できない宗教上の概念としての血脈相承と解すべきと主張するが、もし、そう解するとすれば、裁判所は法主及びその充て職である管長の地位の存否につき判断できないことになり、代表役員の任免準則を定めるべき旨を規定した宗教法人法一二条の趣旨は無意味となるから妥当ではない。

3 同3(一)のうち、宗務院が一般僧侶に対する指揮監督命令権を有していることは否認するが、その余は認める。

同3(二)(1)は認める。

同3(二)(2)は否認する。本件大会は、創価学会の侵略行為から日蓮正宗を守ろうとする目的に出たものであって、教義違反や、宗務当局に対する非難、攻撃もなかった。

同3(二)(3)のうち、宗務院が本件命令を発したことは認めるが、その余は否認する。

同3(三)(1)のうち、正当な理由がなかったことは否認するが、その余は認める。

全国檀徒大会は過去に日蓮正宗の執行部の全面的な支持を受けており、本件大会も従前のものと内容的に変わりがなかったのであるから、本件大会を開催する正当な理由があり、したがって、本件命令違反には正当な理由があった。

同3(三)(2)は否認する。

4 同4のうち、総監において事実の審査を遂げたことは否認するが、その余は認める。

五  再抗弁

1 本件命令の無効

本件命令は次のとおり無効であったから本件命令違反を理由とする本件処分も無効である。

(一) 憲法及び民法違反

宗教団体の構成員も当然憲法二一条により表現の自由を有しており、これに対する制限は、当該宗教団体が存立する上での必要最小限度に限定されるべきである。ところが、本件大会は、日蓮正宗の存立にかかわるような内容の集会ではなく、逆に創価学会の侵害行為から日蓮正宗を守ろうとする目的で開催されたものである。したがって、これの中止を命じた本件命令は、日蓮正宗の構成員に対する統制権の限度を超えて発せられたものであり、憲法二一条、民法九〇条に反し無効である。また、構成員の権利を制限する規定は、団体内に公示されて構成員に周知されている必要があるのに、日蓮正宗においては、僧侶らが集会を開催し、そこで自己の見解を表明する行為について、いかなる制限規定も設けられていないから、本件命令はこの点からも無効である。

(二) 宗規違反

日蓮正宗の宗務は、責任役員がその役員会で議決することとされ(宗規一七条)、この議決に基づき、総監の指揮監督により、宗務院で行うこととされている(同一八条)ところ、本件命令は責任役員会の議決を経ることなく発せられたから無効である。

2 本件処分の手続上の瑕疵

(一) 弁疏の機会の欠如

日蓮正宗においては、僧侶に対して懲戒処分がなされる場合には、被処分者に対し弁疏の機会を与えることが確定した慣行となっていた。檀信徒に対する懲戒処分については弁疏の機会を与えることの明文の規定が存する(宗規二三〇条)が、右は例示的に規定したものである。

しかるに、本件処分は、原告に対して弁疏の機会を与えることなくなされたから、無効である。

(二) 参議会の決議違反

(1) 参議会の組織、権限

参議会は諮問機関として懲戒に関する事項を審議する(宗制二九条、三〇条)。管長が僧侶を懲戒する場合には参議会の諮問を経なければならない(宗規一五条本文但書、同条七号)。参議会は議長一人を含む参議六人で組織し(宗制二九条)、その定足数は五名以上である(宗規九〇条)。参議会の議事は、参議定数の過半数によって決し、可否同数のときは議長が決する(同九一条)。

(2) 参議会決議

参議会は、昭和五五年九月二四日、原告らに対する懲戒処分につき、議長一名、参議五名の出席のもとで審議し、議長を含めた三名が処分に賛成し、三名が反対した。しかしながら、宗規九一条の規定によれば、議長は表決から除外すべきであるから、右の場合、賛成二名、反対三名の表決となり、原告らに対する懲戒処分は否決されたこととなる。

(3) 本件処分は、右参議会決議に反してなされたものであるから無効である。

(三) 監正会の裁決違反

(1) 監正会の組織・権限

監正会は、宗務の執行に関する紛議または懲戒処分につき、異議の申立てを調査し、裁決する機関である(宗制三二条)。管長の裁可を得て執行される懲戒処分(宗規二五一条)について、被処分者は監正会長に不服申立てをして裁決を得ることができる(同二五五条)。裁決により懲戒処分が取り消されたときは、被処分者は復権できる(同二五六条)。監正会の裁決に対しては何人も干渉することができず(同三三条)、異議申立てをすることもできない(同法三四条)。

監正会は、常任監正員五人で組織し、そのうち一人を会長とする(宗規二二条)。監正会は、常任監正員の定数全員の出席がなければ開会することができない(同二九条一項)。監正会は、常任監正員の外に予備監正員二人を置き(同二三条)、常任監正員が事故により出席することができないときは会長は予備の監正員のうちから補充する(同二九条二項)。

(2) 懲戒処分禁止の裁決

イ 原告らは、昭和五五年九月一七日、監正会長岩瀬正山に対し、本件大会の出席を理由に懲戒処分をしてはならない旨の裁決を求める申立てをなし、これに対し、監正会は、同月二五日、全員一致で、本件大会出席者に対する処分は不当であるから一切これをしてはならない旨の裁決をなした(以下、この裁決を「第一次裁決」といい、第一次裁決をした監正会を「第一次監正会」という。)。

ロ 第一次監正会は、会長、常任監正員三名及び予備監正員一名の五名(定数全員)が出席して開催された。常任監正員光久諦顕は、岩瀬会長の再三の出席要求にもかかわらず不当な理由により出席を拒否したので、右会長は宗規二九条二項の「事故により出席できないとき」に該当するものと認め、同条項の規定に従い、予備監正員小谷光道を補充した。

ハ 第一次裁決は、具体的処分がなされる以前の裁決であるが、監正会は、具体的処分のみでなく宗務の執行に関する紛議についても裁決できる(宗制三二条)ところ、日蓮正宗は、既に、原告らに対し、本件大会開催の中止命令と、開催した場合の懲戒処分予告をしており、原告らに対する処分は必至の状況にあったのであるから、裁決当時宗務の執行に関する紛議が存在していたというべきである。したがって、懲戒処分が未だなされていなくても、右紛議が存在する以上裁決の対象となり得るのであるから、第一次裁決は有効である。

ニ 本件処分は、第一次裁決に違反してなされたものであるから無効である。

(3) 本件処分無効の裁決

イ 原告らは、昭和五五年九月二八日、監正会長岩瀬に対し、本件処分の無効の裁決を求める申立てをなし、監正会は、同月二九日、本件処分は無効である旨の裁決をなした(以下、この裁決を「第二次裁決」といい、第二次裁決をした監正会を「第二次監正会」という。)。

ロ 第二次監正会においても、常任監正員光久が正当な理由なく出席しなかったので、岩瀬会長は、第一次監正会の場合と同様、「事故により出席できないとき」に当たると認め、予備監正員小谷を補充し、同人の外会長、常任監正員三名が出席し、第二次裁決をなした。

ハ よって、本件処分は無効である。

3 懲戒権の濫用

原告が本件命令に反して、本件大会を開催した行為が、仮に宗規二四八条二号に該当するとしても、本件処分は、以下の理由により懲戒権を濫用してなされたものであるから無効である。

(一) 懲戒事由

宗規二四八条によれば、同条二号に定める「正当の理由なくして宗務院の命令に従わない者」というのは、同条三号の「妄りに寺院または教会の資産を消費し、または重宝、什具を典売した者」、同条四号の「管長の許可なく、他出して二月経過しても帰任しないとき」など、同条他号に定める懲戒事由と同程度の非行があることを要するものというべきである。

(二) 本件大会の動機、目的

原告が、本件大会を開催したのは、日蓮正宗の教師たる僧侶及び寺院住職としての自覚と良心に基づき、日蓮正宗のために行ったものである。

(三) 本件大会の態様、内容

本件大会は、日蓮正宗の信徒、僧侶の会合であり、また日蓮正宗の教義を逸脱した創価学会を批判する正信覚醒運動の活動報告、今後の運動方針などの意見表明や討議がなされただけであり、それまで前法主や日蓮正宗宗務当局の公認ないし後援のもとに行われてきた第一回ないし第四回大会と趣旨、目的を同じくするものであって、日蓮正宗に対して、何らの打撃や損害を与えるものでなく、社会的相当性のあるものであった。

(四) 処分の意図、目的

本件処分は、形式的な命令違反に名をかりて、正信覚醒運動を抑圧し、これを宗外に放逐しようとする目的でなされたもので、それは原告を含む合計二〇一名の僧侶に対する大量処分の一環として、弁疏の機会も与えず、しかも宗内の司法機関たる監正会の監正員五名中四名を停権処分にし、監正会の機能を停止させてなされた。

(五) 本件処分の重大性

原告は、少年のころ出家得度して以来、日蓮正宗の僧侶として今日まで歩んできたものであり、日蓮正宗の僧侶以外にその人生を考えることはできないのであるが、本件処分は、原告の住職の身分を失わしめ、家族をも被告寺院から放逐し、生計の道も居住の場所も一挙に奪い去る極めて過酷な処分である。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1(一)は争う。

2 同1(二)の事実は認める。

確かに、本件命令については宗規一七条、一八条に定める責任役員会の議決に基づかずになされているが、次の事由により、本件命令には責任役員会の議決は不要である。

すなわち、本件命令は、日蓮正宗の檀信徒の教化・育成及び僧侶の教義・信仰上の在り方という極めて重要な宗教上の事項に関する命令であった。かような命令を発する権限(教導権)は伝統的に法主の専権に属するものとされており、この点について宗内から異議を唱えられたことは全くなかった。宗規一五条、一七条及び一八条は、かような宗教上の事項についての命令に関する限り規範的効力を有しないというべきである。法主は、教導権の内容及び形式について裁量権を有しており、その実施の方法は、従来から、訓愉、宗務院命令、指南、指導など、各種の形式がとられてきた。本件命令は、抗弁3(二)(3)記載のとおり法主である日顕の教導権の発動として宗務院命令の形で発せられたものであるから、責任役員会の議決は不要である。

仮に、責任役員会の議決が必要であるとしても、本件命令を発するについては、責任役員三名(管長、総監及び重役)のうち管長及び総監の合意があり、重役も承認していたのであるから、本件命令には実質的に責任役員会の議決があったと同視することができる。したがって、本件命令に違法性はない。

3 同2(一)のうち、原告の主張の規定が存すること、原告に対して弁疏の機会を与えなかったことは認めるがその余は否認する。

僧侶に対する懲戒手続においては、弁疏の機会を与えることは手続要件とされていない。これは、僧侶は、仏門に入り出家した者として、法主から直接的、日常的に指導、監督を受ける立場にあるからである。本件の場合、原告は教義、信仰上の信念から本件命令違反行為に及んだいわば「確信犯」というべきものであり、しかも本件処分前、再三説得され、違反行為があれば処分されることを予告されていたのであるから弁疏をまつまでもなかった。

4 同2(二)(1)のうち、宗制宗規上、僧侶の懲戒について参議会の諮問を経なければならないとされていることは否認するが、その余は認める。

同(2)は否認する。参議会の議長に議決権がないという規定は宗制宗規に存在せず、慣例上も議長が議決権を行使している。また、参議会の定数は六名(宗制二九条一項)、定足数は五名であり(宗規九〇条)、議事の表決は参議定数の過半数(四名以上)によって決するとされている(宗規九一条)から、右の各規定に照らせば、宗規九一条にいう議長が決裁権を発動すべき「可否同数のとき」とは、議長も議決権を行使した結果三対三になる場合しかあり得ないから、議長に議決権があることは明らかである。したがって、本件の参議会において、議長が議決権を行使したこと及び決裁権を行使したことはいずれも適法であって、この結果、原告らに対する懲戒処分は可決されたというべきである。

同(3)は争う。仮に懲戒処分を否決する参議会の議決があったとしても、参議会は単なる諮問機関であり、参考意見を述べることができるに過ぎず、処分権者はそれに拘束されない。

5 同2(三)(1)の事実は認める。

同(2)の事実のうち、イの事実及びロのうち、第一次監正会に光久が欠席し、小谷が参加した事実は認めるが、その余は争う。

宗規二九条の「事故」とは継続的な出席不能事由を指すものであり、一時的な支障は含まず、光久に「事故」はなかった。したがって、小谷は監正会に出席する権限を有しておらず、同人が加わってなされた第一次裁決は無効である。

また、監正会は事後的審査権限しか有していない(宗規二五五条、三五条)。したがって、具体的処分以前になされた第一次裁決は、監正会の権限を超えてなされたものであり、無効である。

同(3)の事実のうち、原告が第二次裁決の申立を行ったこと及び常任監正員光久の欠席につき正当な理由がなかったことは否認するが、その余の事実は認める。

6 同3の事実は全て否認する。

7 第一次裁決及び第二次裁決は次の理由により無効である。

(一) 第一次裁決の無効

(1) 監正会長による申立却下

監正会長岩瀬正山は、昭和五五年九月二四日、宗規三七条により、第一次裁決の申立てを却下した。したがって、その後になされた第一次裁決は、申立てなくしてなされた裁決となり、当然に無効である。

(2) 利害関係人

監正会の決議には、申立事件と直接に関係を有する監正員は参与することができない(宗規三一条)のに、第一次裁決については、正信覚醒運動の推進を目的とした僧侶らの組織である正信会の中央委員及び正信会議長として本件大会につき中心的役割を果たし、申立事件と直接に関係を有していた常任監正員藤川法融が参与していたから、右裁決は無効である。

(3) 手続違反及び審理不尽

第一次裁決については、わずか四時間ほどの間に調査・審理、裁決及びその上申を終了しており、申立書には立証事項の記載も補充もなく、相手方たる管長ないし宗務院に対し副本も渡しておらず、どのような証拠資料が提出され、どのような証拠によって裁決がなされたかも全く示されていない。かかる裁決は宗規三六条の趣旨にも反しており、手続違反及び審理不尽として無効である。

(4) 第一次裁決が無効であることの宗内的確定

監正会が適法に成立しているか否か、その裁決が適法有効なものか否かについては、管長が最終的な判定をする権限を有する(宗規一三条一項、管長の一宗総理権)。日顕は、管長として、昭和五五年九月三〇日の責任役員会の議決を経て、第一次裁決が無効であると確認し、同年一〇月三日付院二一七号の院達をもって宗内に通達した。よって、第一次裁決が無効であることは、日蓮正宗内において確定している。

(二) 第二次裁決の無効

(1) 第一次裁決の無効

第二次裁決は、第一次裁決の存在のみを理由としてこれに反する本件処分を無効としたものであるが、第一次裁決は前述のとおり無効であるから、これを前提とする第二次裁決も理由がなくなされたものであって無効である。

(2) 申立権の不存在

監正会に対する不服申立権は、懲戒処分を受けた本人のみが有するのに、原告の申立てについては訴外渡辺広済らが原告を代理して行ったものであるから、原告は不服申立てをしていないことになり、したがって、第二次裁決は申立てがないのになされたものであるから無効である。

(3) 無資格者の参与

停権以上の懲戒に処せられた監正員はその資格を失うとされている(宗規一四二条一項、一三九条三号)ところ、第二次監正会に出席した監正員五名のうち、岩瀬正山、藤川法融及び鈴木譲信の三名は、昭和五五年九月二四日、参議会の諮問と責任役員会の議決を経て、同日、管長により停権以上の懲戒に付せられ、同年九月二六日、宣告書を交付されたから、これにより、同日監正員たる地位を喪失した。したがって、同月二九日に開催された第二次監正会は正規の監正員により構成されていないから、そこでなされた第二次裁決は無効である。

また、第二次裁決の申立書は、岩瀬宛に提出され、同人により受理されているが、岩瀬は、右受理時点(昭和五五年九月二八日)では懲戒処分により既に監正会長の資格を喪失していたのであるから、右申立書を受理する権限がなかった。したがって、第二次裁決は、監正会の裁決を求めるには会長に申し立てなければならないとする宗規三五条に違反し、申立てなくしてなされた裁決というべきであるから、無効である。

さらに、第二次監正会は無資格者である岩瀬が招集したものであるから、招集手続に重大な瑕疵があり、そこでなされた第二次裁決は無効である。

(4) 利害関係人の参与

藤川は、第一次裁決の場合と同様に、第二次裁決に関し利害関係を有し第二次監正会に参与することができなかったのであるから、右監正会は定足数を満たさず不成立となったものであり、そこでなされた第二次裁決は無効である。

(5) 手続違反及び審理不尽

第二次裁決は、何らの事実調査も審理もなされずして行われたものであり、審理不尽として無効である。

(6) 第二次監正会が正規の監正会でないことの宗内的確定

日顕は、管長として、一宗総理権に基づき、責任役員会の議決を経た上、第二次監正会が正規の監正会ではないことを確認し、昭和五五年一〇月三日、院二一七号の院達をもってこれを宗内に通達した。よって、第二次監正会が正規の監正会でないことは日蓮正宗内において確定している。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2 原告は、本件建物を占有している。

3 よって、被告は原告に対し、本件建物の所有権に基づき、本件建物の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はいずれも認める。

三  抗弁

1 甲事件の請求原因1、2事実と同じである。

2 原告は、昭和四四年六月一日、被告の住職・代表役員・責任役員に就任し、その地位に基づき本件建物の占有を始めた。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも認める。

五  再抗弁

1 甲事件の抗弁事実と同じである。

2 占有権限の喪失

被告は、本件処分により、原告の住職たる地位を喪失するとともに、代表役員たる地位も喪失し、これにより、本件建物を占有する権限を喪失した。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1に対する認否は、甲事件の抗弁に対する認否と同じである。

2 同2は争う

七  再々抗弁

甲事件の再抗弁事実と同じである。

八  再々抗弁に対する認否

甲事件の再々抗弁に対する認否と同じである。

第三証拠《省略》

理由

一  裁判所の審判の対象は、裁判所法三条により、「法律上の争訟」に限られるのであるが、ここに「法律上の争訟」というのは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、法令の適用により終局的に解決することができるものに限られ、したがって、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であっても、法令の適用により解決するに適しないものは裁判所の審判の対象になり得ないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁等参照)。

そして、宗教法人法一二条一項五号に規定する宗教法人の代表者及び責任役員の地位は法律上の地位であるが、同法の立法の趣旨、目的及び宗教法人と宗教団体との関係に鑑みると、宗教団体内部における宗教活動上の地位としての宗教上の主宰者である法主、管長又は住職たる地位は法律上の地位とはいえず、ただ、特定人についての宗教法人の代表役員及び責任役員の地位その他の具体的な権利又は法律関係の存否を審理判断する前提として、その者の宗教団体上の地位の存否を判断する必要がある場合には、裁判所はその宗教団体上の地位の存否、すなわち選任ないし罷免の適否について審判権を有すると解することができる(最高裁昭和五一年(オ)第九五八号同五五年一月一一日第三小法廷判決・民集三四巻一号一頁、同昭和五三年(オ)第一七七号同五五年四月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事一二九号四三九頁等参照)。

しかしながら、宗教団体における宗教上の教義、信仰に関する事項については、憲法上国の干渉からの自由が保障されているのであるから、これらの事項については、裁判所は、その自由に介入すべきではなく、一切の審判権を有しないとともに、これらの事項にかかわる紛議については厳に中立を保つべきであることは、憲法二〇条のほか、宗教法人法一条二項、八五条の規定の趣旨に鑑み明らかである(前記昭和五五年四月一〇日第一小法廷判決、同昭和五六年四月七日第三小法廷判決参照)。そうであるから、右のように特定人についての宗教法人の代表役員等の地位の存否を審理判断する前提として、その者の宗教団体上の地位の存否を審理判断しなければならない場合においても、その地位の選任、剥奪に関する手続上の準則で宗教上の教義、信仰に関する事項に何らかのかかわりを有しないものに従ってその選任、剥奪がなされたかどうかのみを審理判断すれば足りるときには、裁判所は右の地位の存否の審理判断をすることができるが、右の手続上の準則に従って選任、剥奪がなされたかどうかにとどまらず、宗教上の教義、信仰に関する事項をも審理判断しなければならないときには、裁判所は、かかる事項について一切の審判権を有しない以上、右の地位の存否の審理判断をすることができないものといわなければならない(前記昭和五五年四月一〇日第一小法廷判決参照)。

したがってまた、当事者間の具体形な権利義務ないし法律関係に関係する訴訟であっても、宗教団体内部においてされた懲戒処分の効力が請求の当否を決する前提問題となっており、その効力の有無が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともに、それが宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっているため、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくしてその効力の有無を判断することができず、しかも、その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠なものである場合には、右訴訟は、その実質において法令の適用により終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというべきである(前記昭和五六年四月七日第三小法廷判決参照)。

〔以上の論述につき、最高裁昭和六一年(オ)第九四三号平成元年九月八日第二小法廷判決・民集四三巻八号八八九頁参照。〕。

二  以上のような見地から、甲事件及び乙事件が裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たるものであるかどうかについて検討する。

1  甲事件は、原告が本件処分の無効を主張して被告の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める請求であり、乙事件は、原告が日蓮正宗の管長である日顕によって本件処分を受けたことにより被告寺院の住職、代表役員及び責任役員の地位を喪失し、これにより本件建物の占有権限を喪失したものとして、被告が本件建物の所有権に基づき原告に対しその明渡しを求める請求であるから、いずれも当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に当たるということができる。

2  次に、本件各請求は、いずれも本件処分の効力の有無がその結論を左右する最も重要な争点であるところ、原告が本件命令に反して主催者として本件大会を開催したこと、日顕が日蓮正宗の管長として、原告を被告の住職罷免の処分に付したこと、日蓮正宗における懲戒権者である管長は法主の地位にある者が充てられることとされていることについては、当事者間に争いがないが、日顕が日蓮正宗の法主であること及び本件命令の効力、本件命令違反についての正当理由の有無などについて争いがあり、これらの点が最も重要な争点ということになる。

しかしながら、日顕が法主すなわち管長に就任した者かどうかの点を判断するには、管長に充てられる法主の選任準則がなにか、右準則にしたがった法主選任行為が行われたか否かの認定をすることが必要であり、法主の選任準則を認定するには、法主の選任準則に関する成文の規定であることにつき当事者間に争いがない宗規一四条の規定を解釈することが必要となるが、法主の選任には血脈相承に関する宗教上の概念がさけられず、しかもその解釈は一義的に明白でないから、日蓮正宗の教義信仰の内容に立ち入らざるを得ないこととなる。

また本件命令は、本件大会の開催が日蓮正宗の教義に違背し、信仰上の方針に反するものであるとして、その中止を命令したものであるから、本件命令の瑕疵及び本件命令に従わなかったことについての正当な理由については、日蓮正宗の教義、信仰と深くかかわっており、右教義、信仰の内容に立ち入ることなくして判断することができない性質のものである。

そうすると、結局、本件各訴訟の本質的争点である本件処分の効力の有無については裁判所の審理判断が許されないものというべきことになるから、本件各訴訟は、その実質において法令の適用により終局的に解釈することができないものといわざるを得ず、裁判所法三条にいう法律上の争訟に当たらないといわざるを得ない。

三  以上によれば、本件各訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村田長生 裁判官 本間健裕 裁判官小野洋一は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 村田長生)

〈以下省略〉

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